大大阪時代の復活はあるか?今後の構想・開発は?

皆さん、昔大阪が「大大阪」と呼ばれていたことはご存知ですが?

「大大阪」とは大阪市が大正後期から昭和初期にかけて呼ばれていた名称です。
当時世界6番目の人口を誇る程の大都市であったこともあり、そう呼ばれていました。
※1925年の第二次市域拡張時

その時代、大阪では大きな発展を見せていました。
その後、大阪はどの様な形で現在に至ったのでしょうか?

これからその辺りの推移を踏まえて、「大阪の大大阪復活はあるか」というお話しをさせていただきます。

「大大阪」と呼ばれていた大阪ですが、その後、東京一極集中やバブル崩壊という時代の波を受け、衰退していく事となります。
人口、産業においても東京とは随分差を付けられました。
現在では東京が大きな発展を見せており、都市としての機能を含め中心的な機能を担っていることは、皆さんご存知なのではないでしょうか。

しかし実は今、大阪は息を吹き返しつつあります。

それは「ニーズ」のある地域に、かつてない「開発」が予定されており、今まで以上に人を呼び込む「器」が完成しつつあるからです。

特に、今や大阪の「顔」と言ってもいい「梅田地区」において開発が顕著となっています。

「梅田北ヤード二期工事」です。
(うめきた2期工事)

うめきた2期現地 (800x600).jpg

「梅田一丁目一番地計画」です。

梅田1-1② (800x600).jpg

「新梅田ビルディング建替計画」です。

新梅田ビルディング (712x800).jpg

「弥生会館建替計画」です。

弥生会館 (800x600).jpg

これらは以前に取り上げさせていただいたものですが、他にも「梅田」では計画が目白押しです。

今後、「うめきた2期」を中心とした大型プロジェクトが完成すれば、日本でも中々見られない「都市」と「緑」の調和が出来上がり、今まで無かったような「先進都市」となるでしょう。

その様な大規模な都市というのはとても魅力的だと言えるのではないでしょうか。

「関西の中心」と言っても過言では無い「大阪駅」すぐの立地というのが、その様な「強み」に拍車をかけます。

その様な計画が順調に進むと、国内、海外問わず観光客が今以上に増え、大阪に訪れた観光客が関西の各地にも訪問することが考えられます。
大阪だけではなく、関西全体が活気付くことに繋がるかもしれませんね。

大阪観光局によると、2014年度、大阪府に訪れた海外の観光客は前年度から約113万人増えたそうです。
(2013年度 263万人)

ですが、大阪はまだまだ発展する余地を残しています。

かつての「大大阪時代」のように、再び活気付く大阪の誕生を楽しみにしたいと思います。

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